釈迦は、
彼を地獄から救い出してやろうと
一本の蜘蛛の糸を
カンダタめがけて下ろしたー
暗い地獄の底、
天から垂れて来たそれを見た彼は
この糸を登れば地獄から出られる!
と考え、糸につかまって昇り始めた
ところが途中で疲れてふと下を見下ろすと、数多の罪人達が自分の下から続いてくる
このままでは重みで糸が切れてしまう!
と思ったカンダタは、下に向かって大声で
「この蜘蛛の糸は俺のものだぞ!」
「下りろ!下りろ!」と叫んだ
その途端、蜘蛛の糸が
カンダタの真上の部分で切れ、
再び地獄の底に堕ちてしまった…
蜘蛛の糸が垂れてきたことに気付き
そこまでの妄想に費やした時間、僅か二秒。
さて、どうする…
この糸の存在が、他の罪人達に
あっ!と気付かれるまで
きっとその間数秒の猶予しかないだろう。
カンダタは頭をフル回転させた…
Plan 1
カンダタは、ぐっと蜘蛛の糸を掴む。
手繰るように力を入れると
するすると1mくらい一気に登れた。
やっぱりそうだ!
蜘蛛の糸には不思議な力がある…
生前、カンダタはイオンシネマで
『スパイダーマン』を観ていた。
大男が蜘蛛の糸一本で自在に空を舞う姿から
カンダタにはその確信があった。
さらに力を入れる。
体がぐんと2m程上へ上がる。
「いける!」
カンダタは10m程を一気に登り
靴下に潜ませていたジャックナイフで
足元の糸をカットした。
その瞬間、罪人達はそれに気が付いたが
時既に遅し…
慌てて後に続こうとするも
その高さをカバーできる者はなく
下から「サイテー!」
「ちょっとカンダタひどくなーい?」
等の罵声を浴びせる事しか出来なかった。
ははっ!ざまーみろ!(笑)
余裕の笑顔でカンダタは上を目指す。
気分はもうまるでスパイダーマン!
途中で滝沢舞台並にアクロバティックな
ワイヤーアクションを披露したり、
下に向かって唾を吐きかけたりと、
楽しみながらあっという間に登りきり
やがて雲の上へと顔を出した。
が、その瞬間…
目の前に現れたのは不機嫌そうな釈迦。
「サイテー!」
「ちょっとカンダタひどくなーい?」と、
釈迦から再度地獄に落とされてしまった…
それはそうだ。
今から天国へ登ろうとする者が
人を見捨てていいはずなどないのだ。
このプランはダメだ。
何かもっと善人的な方法はないか…
Plan 2
「みんな見ろ!」
カンダタは罪人達に向かって叫ぶ。
「あれを登ればみんな天国へ行けるぞ!」
それは罪人達と言うより
もはや釈迦に向けられた
「どう?俺すごくいい奴じゃね?」
アピール以外のなにものでもなかった。
女、子供そして老人を先に登らせる。
「あ、君重そうだから後ねー」等と
下でてきぱきと交通整理を行いながら
蜘蛛の糸がその荷重に耐えられるよう
登らせる人数をセーブしながら。
やがて全員雲の上までの誘導を成し遂げた。
ドヤ顔で最後に登ってきたカンダタ。
しかしそこで待っていたのは
既に取り締まられた後の罪人達と
先程同様不機嫌そうな釈迦…
カンダタさー?
悪人達を連れてきていい訳ないよね?
お前これ立派な密入国補助罪ね?
言うまでもなくこれもダメだ…
全員で脱走を計った罰として
より過酷な地獄労働が待っているのが
手に取るように分かる…
もっと別の方法を…
Plan 3…
それを考えようとしていたカンダタは
何故かその時全てのことが急に
馬鹿馬鹿しいような、どうでもいいような
そんな虚無に襲われた。
ズボンのポケットに無造作に突っ込んでいた
くしゃくしゃの煙草を取り出し、
赤い100円ライターで火をつける。
ふぅと大きく煙を吐き出し
そのライターでそのままに糸に火をつける。
火はものすごい勢いで
どんどん空に向かって燃え始めた。
それはまるで地獄から伸びる
真っ赤な一本の柱のようだった。
「馬鹿野郎!」
それに気がついた罪人達は
慌てて彼を羽交い締めにしたが、
その時には既に手元の糸は廃と化していた。
「これでいいんだよ…」
カンダタは小さくそう呟く。
「これでいいんだ」
罪人達は羽交い締めにしていた腕をほどき
がっくりと肩を落とした。
考えてもみろ?
俺達罪人が天国に登ったところで
上の住人達からはどうせ腫れ物扱いだ。
そこで天国の隅に追いやられて
またどうせ前世と同じ悪事を繰り返す。
そうやってしか生きていけないのさ。
俺達は生まれながらの性悪なんだ。
だから、上には行かないほうがいい。
生きていた頃のような
あんな惨めな想いを繰り返すくらいなら、
悪人同士みんなでここで
楽しくのんびり生きていこうや。
俺達なら俺達を理解してやれる。な?
座り込む罪人やすすり泣く悪人。
皆落ち込んではいたが、
それ以上カンダタを責める者は
誰一人としていなかった。
カンダタは煙草を足で踏み消し
空を、釈迦を見上げた。
釈迦はやはり不機嫌そうに
「まるで理解できない」と言わんばかりに
カンダタを眺めていた。
何が正解だったのかは分からない。
ただひとつ、その正解が分かるようなら
俺はそもそも罪人にはなっていなかった。
カンダタは「ははっ」と
呆れるように笑いながら、
隣に座り込んだ罪人に肩を貸した。
SILENT YARITORI
ちゅーへの手紙
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