彼は変わってしまった
一番変わったのは当然のように
そのサイズなのだけれども、
人間的にもそれは跡形もなく
悲惨なほどに変わり果てた
変えてしまったのは打ち出の小槌と
そして、私だ
マスコットのように可愛かった彼を
キーホルダーのように持ち歩き、
寝るときも枕元に置いて眠った
すやすやと聞こえるか否かの寝息は
命の奇跡を鳴らしているようで
何だかとても幸せだった
厳しい婆やの愚痴を聞いてくれた
つらそうに「うんうん」と
楽しかった話には笑ってくれた
ころころと転がりながら
あはは!と大きな声をあげて
足をばたばたさせながら
友達がいなかった私は
それが友情なのか恋なのか
それすら考えたこともなかったが、
とても大切で、大好きだった
そして打ち出の小槌を使った瞬間
そんな彼が突然
目の前に男として現れた
唐突に肩を抱かれ、キス
からの婚約、結婚、出産…
まるで一瞬の出来事だった
生活を共にするようになり
分かったことがある
まず、ぶさいく
え?なんで気付けなかったの!?
ってくらい、恐ろしくぶさいく
頭は禿げ上がり
いやらしい垂れ目に吹き出物だらけの鼻
虫歯だらけの歯と
見苦しい程のだらしない体型
基本「はあはあ」と
薄気味悪い呼吸をしている
仕方なかった、と言える
小さかった頃はあまりにもミクロで
そんな細かいとこ見えてなかった
他には、例えば体臭
数十倍に大きくなった体が放つ臭いは
比例して数十倍となり、
それは私の食欲を数十倍以下にした
寝息も同様
数十倍の大きさになった
もはや地を這うようなイビキは、
私の睡眠を数百倍以下に妨げた
耐えられ…る
それだけならまだ耐えられる
だって愛したはずの人だもの
が、彼の変化は
それに留まらなかった
例えば、一切の仕事をしなくなった
朝から夕方までごろごろと過ごし
それを責めると彼は決まってこう言った
いやぁ、成長痛がつらくてー
確かに小槌使用直後の彼の筋肉は
激しい悲鳴をあげていたことだろう
しかしあれからもう二年近くの時が過ぎた
妻の私じゃなくても分かる
つまり、成長痛という名の仮病…
それだけならまだいい
夕方になると彼は
毎日のように遊びに出掛けた
パチンコ、クラブ、キャバクラ
思い付く限り全ての遊びを
彼は毎夜のように繰り返した
まるで小さいままでは経験できなかった
我慢していた欲望を爆発させるかの様に
失っていた時間を取り戻すかの様に
彼は色んな女を連れて遊び回っていた
もうだめだ、耐えられない…
私は鬼ヶ島へ向かった
島の外れにある吉田(鬼)の家に着き
インターホンを鳴らす
てめぇこんな時間に一体だ…
うわ!姐さんじゃないすか!?
誰が姐さんだよ!
おい、吉田!
うちの一寸法師もう一回ぺろりとさ
丸呑みにしてやってくれよ
はぁ? いや無理っすよ!
だって今普通の大人サイズっすもん
丸呑みはきついっすよ
じゃあ、普通に殺してよ
えぇ…一体何なんすか?
だから無理ですって!
今の一寸兄さん喧嘩とか超強いし
それに最近結構お世話になってんすよ…
お世話って何だよ?
いやだから飲み連れてってもらったり
女回してもらったり…
吉田の家の玄関の片隅に
無造作に放置されていた金棒を振り回し
使えない吉田をぼこぼこにして帰宅
暗い独りの部屋でスマホを眺める
盗み見している彼のインスタ
今夜はクラブで遊んでいるらしい
アカウント名「ISSUN」
ダンサーチームのボーカルのような
そのチャラいネーミングセンスに、
怒りを通り越して絶望すら感じる
彼が描いた願望の果てにあるものは
私達の幸せではないことを悟り、
決意を固めるように料理をはじめる
もう自分の手でやるしかない…
ハンバーグの中に大量の針を投入し
これが彼の体内に突き刺さる様を
涙と共に浮かべながらー
SILENT YARITORI
ちゅーへの手紙
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